写真 (C) 田中聖太郎
(前篇はこちらから)
電話の後、なんとも暗い気持ちになった。 運命はいつだって気まぐれだ。ある日とつぜん悪意をこちらの人生に向けてくる。大震災という社会的な事件であれ、近親者の死という個人的な事件であれ、そこから逃げることはできない。もし運命に心をつぶされたくないなら、立ち向かって闘うしかない。そんな気がしてきた。 闘うとは何か。楽しむことだ。徹底的に楽しむことこそ、人生から自由を奪おうとする全ての運命に対する最大の挑戦だ。むかしの人も「優雅な生活が最高の復讐である(Living well is the best revenge)」と言っているではないか。 もう一度、お店に電話をした。「やっぱりライヴ、やります」 当日の西麻布には、予想を超える数の人々が集まってくれた。お客さん、スタッフ、そして文字通りのボランティア=志願兵として駆けつけてくれた仲間や学生。まるでお祭りのようだった。みんな本当に楽しそうに見えた。そして音楽が鳴り出した瞬間、狭い地下室は自由で広々とした空間へと変わった。 きっと誰もが悲しかったし、怖くもあったのだと思う。直接被害を受けた土地での苦難は想像を絶するが、そこから離れた東京ですら、僕たちの心は押し潰されそうになっていた。だからあの夜の僕たちは切実に、自由な空気を必要としていたのだ。 + + + こんな初出演を経て、僕は<新世界>でイベントを開くようになった。 毎回数組の電子音楽家を招聘して行うショーケース「エレクトロマンティーク」シリーズは、僕にとっても新しい音楽家との出会いや交流の場になった。その場限りのバンドをオーガナイズして、自作や好きな曲の編曲を披露する「ムードコア」シリーズは、ライヴ録音の配信 という新しいチャレンジの場にもなった。 他にも映像にあわせてサウンドトラックを生演奏する企画だとか、マニアックなシンセ好きが集う<新世界のシンセ界>だとか、生ピアノのコンサート、トークショー、DJ、明和電機やブラックベルベッツ…… <実験室>という名前を拡大解釈しながら、様々な公演を主催したりゲスト出演したりしてきた。
実験しすぎて時には採算割れすることもあったが、そんな時でもスタッフは大喜びで盛り上がってくれるのが救いだった。
お店のサイトには、こう書かれている。
四半世紀前、この空間は「自由劇場」として「上海バンスキング」など数々の名作を生み出し、当時の多くの若者を感動させました。これから新世界を運営していく私たちもその若者の中のひとりでした。ともかく、この小さな空間のどこかに、きっと芸術の神様が鎮座しておられるのだと思います。私たちがここで新しいことをさせていただくことも、すべての芸術の神様のおかげであると感謝しております。
この世に芸術の神様というものが存在するかどうか、僕にはわからない。けれども、まだない何かをつくり出そうとする人間と、それを切実に必要とする人間が集まるとき、そこには期待と高揚に満ちた一期一会の熱い祭りが始まる。
人間の気持ちを一つにしてくれ、最後までそれを見守ってくれる何か大きな力を仮にそう呼ぶとしたら、確かにこの地下室にも「神様」はいるのかもしれない。
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というわけで、<新世界>の営業はもうすぐ終わるけど、祭りは永遠に終わらないよ。みなさんご一緒に、これからも楽しみ続けましょう。
↓ こちらが<音楽実験室 新世界>での最終ライヴとなります
moodcore presents
ELECTROMANTIQUE - THE FINAL
会場: 音楽実験室 新世界 TEL 03-5772-6767
港区西麻布1-8-4 三保谷硝子B1(日比谷線 六本木駅 2番出口)
日時:2016年3月18日 (金) 開場 19:00 / 開演 19:30
料金:予約 3,500円/当日4,000円(+ドリンク)
出演:福間 創, 安田寿之, YMCK, ヲノサトル(出演順未定)
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